◇無知の知

 無知の知ってのは、僕が高校生の頃に教わった言葉。自分がいかに馬鹿なのか知ること、それはとっても尊いものだ、っていう意味らしい。こうやってすぐに自己肯定につなげることが僕の潔くないところなのだけど、今日はそんな発見があった日だった。
 前のブログで、語るのが嫌い、って書いたと思う。語ってるとき、それはなんだか居心地がわるいのだ。もちろん、そうじゃないときもある。じゃぁその違いって何に起因するんだろ。今日はそれがわかった。つまり、自分の意見じゃなかったんだ。だれか僕が尊敬できる人、信頼を置いている人の意見を引っ張り出してきて、ひけらかしてただけなんだ。うすうすは気付いていたけどやっぱりそうだった。だから居心地の悪さを感じてたんだ。相手を騙しているような気分になってたんだ。
 今日は、そのことをきちんと認めた日。自分がろくでもない形でコミュニケート(それは意思ですらないのだけど)していたっていうことを認めた日だ。今まではなんだかそれを認めると、自分を全く否定してしまうみたいで怖かったんだ。だけどもうやめだ、そんなのは。俺は自分の頭で物事を考えたいんだ。そうじゃなきゃいったいこれがだれの人生なのかわかりゃしない。
 自分だけの視点でものごとを語るのは正直難しい。だけど、語りたい、って思った。そこがスタートだ。「そうしたい、って思えた」、とりあえずそのことを評価しよう。そうしないと潰れてしまう。